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はがきを満足に書ける人すら少なくなっている。
書き方がわからないうえに、敬語の使い方がおかしい人が多い。
しかも、返信はがきを出しても、返事すらこないこともある。
大人のつきあいは、文字にあらわれるのだ。
話し方にも問題が多い。
大声で話す、間がうまくとれない、などは気になる。
また、電話での話し方がしっかりしていると、好感をもたれる。
電話をするときは、メモを取るなど工夫が必要だ。
心は電話でも伝わるのである。
日本語の特徴にあいまいな表現がある。
これは人間関係の潤滑油にもなる。
もう一つの特徴は、結論が末尾にくることである。
スピーチなどではこうした点に気をつけなければならない。
このほか、日本人の特質と日本語の面白い特徴を知ろう。
話からその人の人間性が見えてくる。
自慢話は人をしらけさせるが、口の堅い人は人望がある。
会話は、エレガントな話題からすることである。
それにしても、自分を呼ぶとき、他人を呼ぶときなどに問題が多い。
敬語はむずかしい話したり書いたりするとき、間違いやすいのは敬語であろう。
「殿」と「様」の使い方、「お」と「ご」の使い方などは、紛らわしい。
ことばは文化の花、敬語はことばの花であるから、敬語のセンスを磨きたい。
漢字のこころ・カタカナのセンス氾濫するマニュアルことばや、書く文章における「です。
ます」と「である」の混用。
疑問も感じずに使っていることばの間違いを知ろう。
ことばづかいは「履歴書」繰り返してきた習性が「絶対語感」となる。
この語感を磨かなければならない。
ことばはその人そのもので、社会的評価を決定する。
美しいことばを使おう。
人はことばで生きる。
ことばがなくては生きられない。
人間はことば次第である。
「文は人なり」(ビュフォン)という、よく知られたことばがあるけれども、より広く、そして深い意味において「ことばは人」ということができるように思われる。
人を知るには、何よりもまずその人のことばを見ればよい、というのは古くからよく知られていたことであって、古くは「ことばは国の手形」ということわざもある。
いまなら、ことばはさしずめパスポートか身分証明書のようなものだ、というのである。
人は生身の顔のほかに、もうひとつ、ことばの顔をもっている。
もちろん二つはまったく別々のものであり、似ているより似ていないことのほうが多い。
見た目は端麗な顔立ちでありながら、ことばの顔はひどくお粗末、ということがいくらでもある。
しかし、ことばの顔をもっているのに気づいていないことが多いのだから、どうしようもない。
また、人間は四十になったら自分の顔に責任をもて、ともいわれる。
この顔は生身の顔のことだが、若いときの顔は、いわば、もらいもので、よくもわるくも自分ではどうすることもできない。
それが四十歳ともなれば、顔はもう自分でつくったもの、すべての責任がある。
ことばの顔でも同じことだ。
こどものころのことばは教えられ、真似したもので、本当に自分のことばとはいえない。
そのとき、ことばの顔は、まだいわば仮面であるといってよい。
大人のことばの顔では、そんなことは言っていられない。
一人ひとりの生活と経験のすべてが色こぐ映し出されている。
めいめい、それに責任があるのは言うまでもない。
そうしたことばの顔がやがて心の顔になっていく。
大人になったら、ことばをつつしまなくてはいけない。
自分の覚悟で使うことばである。
恥ずかしくない顔がしたかったら、つとめてことばの教養をつけるのがたしなみである。
ここでは、大人のことばの教養に資することを目的として書かれたものである。
「お原稿おできになりましたら、お知らせくだされば、とりに行きます」そう若くもない女性の編集者から、こういうあいさつを受けて、彼女より若くない執筆者が腹を立てた。
「とりに行きます」とは何ごとか、というのである。
金貸しが返してくれない金を取り立てにいくのなら、「とりに行きます」でいい。
すこしでも、社交の要素が入るのなら、いかにも無礼である。
この編集者、まるでことばを知らないわけではない。
相手の原稿だから、「お原稿」といい、できたら、というのも、「おできになりましたら」と書くことは心得ている。
ひととおりの敬語は使うことはできる。
もっとも、「お知らせくだされば」の部分は、すこし丁寧さが不足だ。
敬語の心が足りないのである。
「そのうち、ご都合をうかがって……」とでもするのが、やさしいことばである。
ある中年の紳士が、先輩の出した本をもらった。
お礼をはがきに書いた。
本人にすれば、電話でお礼をいうのはいけない。
はがきの礼状なら、礼を失することはないと考えたようである。
それが勘違いである。
電話でお礼をいうのは、いまでは当たり前になっていて、すこしもおかしくないが、すこし年輩の人だと、なんだ、電話なんかで…と思う。
ことに男は保守的だから、電話のお礼をよろこばない。
はがきなら電話より、ましであるのはたしかだが、もともとはがきは私信ではない。
あけっぴろげで、だれでも見ることができる。
いくらかでも個人的なことは、はがきに書いてはいけないことになっている。
はがきは信書ではないから、信書の秘密というのは手紙でしか認められない。
はがきには及ばない。
それらを家庭で教えなくなった。
もちろん学校では教えてくれない。
勤めても教えてくれる人がいない。
それで、はがきも手紙だと思っている人が多い。
さきの中年紳士、はがきの礼状を書いて、平気でいたのだが、もっといけないことがあった。
文面のことばである。
「ご本をたしかに受け取りました」と書いたのである。
仕事の上でものをやりとりするのなら、「受け取りました」でよいが、ここは違う。
相手が好意でくれたものである、「受け取りました」はない。
「たしか」がつくとよけいいけない。
こどもならともかく、大人は、「頂戴しました」と書かなくてはいけない。
かつては、「拝受いたしました」としただろうが、このごろでは、拝受ではすこしかた苦しい感じになる。
「受け取りました」というはがきをもらった先輩は、たいへんおもしろくなかったが、いちいちいいふらすわけにもいかないから、いつまでも、心中、根にもったそうである。
ことばはおそろしい。
昔の人はよく、手紙一本ろくに書けない、といったものだが、いまははがき一本真っ当に書けたら、社会人の教養は身についているとしてよいだろう。
それだけに、もらった人が読みかえすようなはがきが書けたらりっぱな人間だ。
高等学校の校長をつとめて退職、いまは悠々自適を楽しんでいるある人は、ものをもらうと、「受領しました」というはがきを書くクセをもっている。
かっての教え子が旅先から名物の菓子などを送ってくると、きまって、受領する、のである。
お役所ことばなのであろう。
辞令などなら受領でおかしくないけれども、まんじゅうを受領したりしてはいくらなんでもおかしい。
この旧教師は、いつか知り合いに食べものを送った。
ものを送りつけて知らん顔をしている人が多い世の中だが、この先生はさすがに、別に案内を出さないといけないことを知っている。
案内を書いた。
その終わりのほうで、「ご賞味いただければ幸いです」と書いた。
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